大喜久 店主ご挨拶
 店主 酒井 ゆたか と申します。
(女将 きみこ)
店主略歴
京都市立日吉ケ丘高校美術工芸課程にて漆芸科を専攻し、漆器、その他を通じて器の美を学び、 同校卒業後、京料理会に入門。京料理「たん熊」暖簾分け店「たん新」 に入店し、割烹料理を学ぶ。その後各有名店にて懐石・茶懐石・ならびに寿司を学び、かつ稀代 の名人、西 音松氏の流れを汲む京料理の名匠、中村 龍雄氏に 師事。
十五年の修行の後、家業の京料理 大喜久を後継し祇園・花見小路新橋にてオーナーシェフとして平成10年まで経営。
同年その後に茶の湯・工芸・料理の三位一体の美を追求する会「卓美苑」を設立し、これを機に店舗を現在の北白川の高台の庵、「叢竹居」に移転する。
昭和37年生

工芸会「卓美苑」のページのリンクです。
陶器・茶道具等に興味のおありの方は
ご覧下さい。

謹啓、このたびは当店のホームページをご覧頂きましてありがとう
ございます。

皆様にお気軽におくつろぎ頂ける料理屋を・・・と考えて静かで緑に
囲まれた現在の店舗に祇園より平成10年に移転致しました。

この店舗はかつて、(故)京大名誉教授 吉田 光邦 先生が別荘に
建てられた和風のロッジ造りの館を出来る限りそのままに、その風情
を生かすようにして店舗に致しました。

外観からはとても京料理店には見えないかもしれませんが、その分、
お客様ご自身がお持ちの別荘のようなおつもりでおくつろぎ頂けまし
たらと存じます。

また個人店ならではの細やかなおもてなしで皆様をお迎え致したく存
じておりますので、一味違った京都の風情と、吟味致しましたお料理を
お楽しみ頂ければと存じます。

ご来店の程、お待ち致しております。            謹白

      お客様各位                


−営業形態についてのご説明−
当店は前々日以前の完全予約制とさせて頂いておりますが、これは決してお高くとまっているわけでも、もったいをつけているわけでもございません。当店はその「大人の隠れ家」との立地により、通りがかりの方がお見えになるというような場所ではございません。よりまして一品やアラカルトを承る形態の店ではなく、コース料理のみの懐石料理店として営業致しております。よって他の料亭や懐石料理店と同じくご予約を承っております。前々日以前とさせて頂いておりますのは、ご予約を頂きました内容にあわせ、より良い食材を仕入れるために鮮魚市場の休業日などを考慮してこのように決めさせて頂いております。また当店は個人店ではありますが、お客様のご利用に支障のないようにとの考えより定休日を設けず、当店の特定休日等の他はすべての日にご利用を頂ける体制に致しております。よりましてご予約のない日がある場合にはその日のみを休業日と致しております。それにより完全予約制とさせて頂いております。どうぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。




−お客様よりのご紹介−

「大喜久のもてなし・・・」

轄u談社 (前)編集長 壬生公任 著
                                <平成10年>

「近ごろの京料理の店はよくない」という声を、しばしば耳にするようになった。
味も、もてなしも、益々、あたたかさ、やさしさがなくなってきている、とも聞く。その責任の一端は、私たちもふくめてマスコミにも罪がある。
そんな思いにふけっていたころ、長い間の付き合いである料理人・酒井ゆたか氏から短い挨拶状が届いた。このたび店舗を移転し新たな地で店を再開するという。
味を知り、どうしたらおいしく食べさせるか、ということにかけては京都で指折りの人だ。早速、楽しみにして出かけてきた次第である。

酒井氏と私の付き合いはもう十年ほどになるだろうか。
以前、婦人雑誌の編集をしていた私のもとへ読者から一通の手紙が、ある時届いた。「“鯖山椒寿司”というのを知人からいただきました。これまでいただいていた鯖寿司で有名な老舗のものとはまったく違う、それはおいしいものでした。鯖もいい、そして鯖とご飯の間にある山椒と昆布がさらに味を引き立てています。作り方を代わって取材して下さい」というものだった。
私は身分を隠して早速、訪ねてみた。便りの内容を裏切らないそれはすばらしい、感動的な味だった。料理も本格派だった。以来、たびたび酒井氏の味を、京都へ行くたびにいただいてきた。
春には鯛、夏には鱧、秋には松茸、冬にはこっぺ蟹・・・・・。
その後、店は祇園の北部から中心の花見小路・新橋へと移った。が、結婚を機に、しばらく充電をしたいといって仕事を休んだ。
彼は料理人ではあるが漆工芸を学ぶ人でもある。新婚の夫人は公子さん。彼女もオブジェ作家である。きっと、二人して、店を再開するにあたり、いろいろなものを見、聞き、食べして、あらためて京料理の方向を話し合っていたにちがいない。
そして新店舗がオープンされた。私が訪れたのはまだ祝気分が残る再開間もない日だった。
「北白川の高台の一角に開きました。街の喧騒を離れ、落ち着いた雰囲気の中でお食事を楽しんでいただきたい、との思いからです」
楽しみができた。うれしい限り。 (中略)

ところで酒井氏の家は元禄年間、南禅寺門前に“よろづ屋”の名で創業以来、粟田口、東大路、祇園と、代々その場所と屋号を移り変えてきた伝統のある店。
酒井氏自身、学生時代に漆工芸を専攻している。料理に関しては名店に弟子入りし、かつその他の老舗に出入りし、さらに京料理の名匠・中村龍雄さんに師事。
また公子夫人は金属彫刻の現代美術作家。お店の庭には作品が点々と置かれている。父に、青磁作家として著名な三代諏訪蘇山氏、母に、千家十職のひとつで知られる漆の十二代中村宗哲さんを持つ。
妹さん二人は漆芸、陶芸作家の道を歩む芸術一家に育つ。
文字通り、京都の伝統と現代が、縁を結んだ華麗なるファミリーである。これまでの酒井氏の実績に加えて、素晴らしい応援団に恵まれ、ますます腕が上がっていくことには間違いない。
抱負を、と問えば「従来通りきちんとした京料理をやっていきます。このごろ、これが京料理かいな、という首をかしげるものが多すぎます。素材選びにしましても、調理法にしましても・・・・・。そう、時代の流れからいっても、オーソドックスなもの、正統なものに眼を向けられる時代が再びくると思うのです」
まさに同感である。本当においしいものとはなにか。どう工夫したらおいしく食べてもらえるか。作る人にそういう気持ちが薄らいでいるようではいけない。また私たち編集者にしても反省多しである。
時流にのった、華やかなもの、目新しさに注目し過ぎだったのではないだろうか・・・・・と。
北白川といっても、京都の中心部から車で十五分たらず。西山の山並みを望む閑静な住宅地の中。安らぎを求める方におすすめしたい。

壬生公任